空気の読めない人

地下鉄不思議列伝その3。
空気が読めない人というのは存在します。今日はそんなおじさんの話。
地下鉄車内に、やたら沈鬱なカップルがいました。おそらくですが、まちなかで些細な喧嘩でもして別れ話につながってしまったのではないでしょうか。それくらい沈鬱です。それでも一緒に地下鉄に乗っているということは、「変える方向が同じ=同棲している」からでしょう。
そこへ、隣からおじさんが快活に
「あんた、キップ落とした?」

沈鬱なままカップルの男の子はポケット探り、おそらく落としたことに気づいたのでしょう、軽く頭を下げて手を出しました。
再び沈黙の時間。しかしやがてまた
「あんたこれ落とした?」
とおじさん。黒縁のメガネの奥の目は楽しそうです。手に持っているのはカギ。
「え?」と男の子はポケットを探り、軽く頭を下げて手を出しました。アパートのカギかなんかだったのでしょう。しかし続けてまたおじさんが
「あんたこれ落とした?」
と今度はカップを2つ。
「え? ああ、ハイ、僕らのです」
首を傾げながらも、おそらく隣の女の子とペアで使っているであろうカップを受け取りました。
「あんた、これも落とした?」
と、おじさん、マジシャンのようにポケットから出したのは写真立て。二人が映っています。
「ええ、はい」
「あんた、これ落とした?」
またマジシャンのように、今度は枕。
「ええ、はい」
「これ落とした?」
今度はベッド。
「はい」
「これ落とした?」
アルバムをポケットから。
「はい」
「これ落とした?」
クルマを出します。
「これ落とした?」
アパート。
「これ落とした?」
出したのは、20代後半の男性。
「それ、私の!」
女の子は勢いよく手を出して受け取り、ちょうど着いた駅で降りてしまいました。
どうやら元カレだったようです。