花は物語の媒体に

贈り物には切り花が使われます。カードを添えてメッセージを託す媒体にもなります。でも鉢花の方が媒体には適していると思います。しかもできれば、花がはじめからついているものではなく、小さな芽をプレゼントにできないのでしょうか。
徐々に大きくなり、形が変化し、成長し、花という結末に至る。その時間そのものにメッセージを託すことはできないのでしょうか。「今、あなたのことをこう思っている」という結末だけではなく、どうしてそう思うようになったか、その結果今私はあなたのことをこんな風に大事に思っている、という物語こそ伝えられるべきではないかと考えます。
そして、その物語をもっと多くの人どうしが気軽に贈答できるようになれば。

もっと言葉にできるようになったら詳しく書きたいですが、物語は見知らぬ人どうしの気持ちをつなげることができるのではないかと考えています。それは国境や言葉の違いも超えることができるはず。そのためには、物語は言葉で媒介するものであってはならないと考えます。そして顔も見ない相手のことを想像できる媒体になり、最終的には物語によって戦争がなくなれば。…そんなことも思います。
すべての荒れ地に花を。すべての戦地に花を。すべての心に花を、物語を。

新作「桜」アップしました

新作をようやくアップしました
季節に間に合いましたね。
見せるツールとして、Flashをやめて、原始的なHTMLにしています。その方がシンプルなので。絵の雰囲気に合うし、何より私はシンプルなのが一番と思っているので(思いこんでいるので)。
手書きをスキャンしたものです。色は少しだけPhotoshopを使っています。本当は色鉛筆にしたかったんですが、スキャンで色がでないので。

情報に価値なし、編集にこそ価値があることを見抜いた女

会社の中で、同じエピソードを何度も語る人がいます。自分に今日起こったアクシデントを顔を合わせた人皆に、同じことをしゃべるのです。しかも自分から。何も性格の悪い人ではないのですが、なぜそう言うことをするのかよくわからないでいました。
ところでここ数日、カーテレビ付きの車に同乗しています。私はテレビを見ないのですが、久々に見るテレビはちょうどワイドショーの時間だったこともあり、昨日新聞に載っていた同じ情報を司会、レポーター、VTRのナレーションなどいろんな形で語っていることに気づきました。
これはワイドショーだけというのではなく、おそらく夕方のニュース、夜のニュース、朝のニュース、週末の情報番組など、様々な形で同じように同じ情報を微妙に再編集をかけながら語っているのでしょう。情報は新しいこと、役に立つことだけが商品になるのではなく、再編集されたもの、再々編集されたもの、再々再々再々編集されたものも商品になるということなのでしょう。よく考えれば最初に流された情報自体が、事実そのものではなくて、人に伝えるために編集されたものですから、情報それ自体には価値がなく、編集が価値を生むのかもしれません。
最初にふれた「同じことをしゃべる人」ですが、よく聞いているとしゃべる相手によって語り口調や、登場人物の言うセリフ回しなどが微妙に(計算されていないかもしれませんが)変化しています。これも立派な編集。つまり彼女は編集こそが価値を生むと言うことを知っていたのかもしれません。
しかし近くにいてそれを何度も聞かされる側としては、もう少し大胆な編集を求めたくなります。あるいは、全く情報を出さないで(黙って仕事をして)いただきたい。

日々の慌ただしさ

なかなか新しいのをアップできていません。ちょっとの作業のはずなんですが。
すでに頭の中は次のことに行っていて、新作が「終わったこと」になってしまっているからでしょうか
昨日は帯広往復。
楽しいんですが、列車はなかなか疲れます。

新作もうちょっと

新作ですが、もう少しです。昨日はフラッシュに落とし込むところまでたどり着きました。
あとトップのHTMLからリンクをつくるだけですが、力つきました。
今日か明日には。

「ベタな物語」とMac

わかりやすい話はエンタテイメントの本流です。
韓国ドラマがはやりだした頃、おそらく日本の多くの脚本家は「何でこんなベタなものが?」と思ったことでしょう。

なぜなら、とんがったセンスこそが「かっこいい」はずだからです。「交通事故・記憶喪失・記憶が戻る・実は兄妹」というのは今日の日本の脚本家にとっては、禁じ手です。もっとさりげなく、行間を読むのがかっこいいはず。しかしそのためにわかりにくさを生み、一生懸命見ないと「理解できない」話ばかりでは、誰もドラマは見ないでしょう。「これはどういう意味なんだろう」「あれは伏線だったのか」などとよけいなことを考えずに、見たまんまとセリフの文字だけを追っていけばいいなんて、とても安心です。だからこそ、韓国のドラマは日本の視聴者に支持されるのでしょう。また橋田壽賀子さんの「渡る世間」が支持される理由の1つでもあるのでしょう。
エンタテイメントは、選ばれた人にだけ開放されたアートとは違います。可能な限り多くの人に支持されてこそ、よいエンタテイメントといえるのかもしれません。
ここでふと、自分が使っているMacについて思いを巡らせました。こんなにかっこいいのになぜみんなが使わないのか? ビル・ゲイツのマーケティングのうまさとかあるのかどうか知りませんが、あまりにもベタなWindowsマシンはある意味、韓流ドラマななのかと思った次第です。

絵コンテノート求む!

文房具フリークではありませんが、作業に必要なモノなのでお店に行くと、ノートやペンはすごく気になります。
日頃絵を描くペンの方はほぼsignoの0.38で決まりなのですが(赤・黒・青)、問題はノート。罫線入りは絶対不可。
字を書くのにはいいですが、絵を描くには不都合だからです。無地もいいのですが、調子が乗ってくると絵コンテの枠を書くのが面倒になります。この枠を書いている間にも新しいアイデアが!ってなかんじなので。
で、絵コンテの枠がはじめから入っているノートを探しているのですが、これがない。
あ、唯一あります。

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