脚本の最後の砦は「遊び心」だ

いろいろ脚本の書き方とか書いていますが、そしてこれからもたぶん書きますが、一番いけないのは、「こういう風に書かなきゃいけないんだ」と思うこと。恐らくこのページを見ている人は「脚本 書き方」でgoogleとかで検索して、ほかの「脚本の書き方」もごらんになっていることでしょう。でもね、正直言うと「脚本の書き方」はどれもあなたに当てはまらないんです。なぜなら、あなたが書く「布団のたたみ方」は、恐らくアパートのお隣の人の書く「布団のたたみ方」と全く違うのと同様、書き方やその言い回しも変われば布団のたたみ方それ自体も微妙に違うからです。

じゃあ、いったいあなたはどうやって脚本を書けばいいのでしょうか。
いろいろ書いて、その都度自己満足と後日の後悔とから学ぶのが一番いいんです。
でもなんだかんだ言っても、一度は煮詰まります。
私だって、今でも1本脚本を書くたび、3,4度は煮詰まります。
そしてあなたがこのサイトやほかのサイトを参考に「脚本の書き方」通りに脚本を書いても、絶対に何度も煮詰まります。
そこから抜け出す方法は、ありません。開高健なんて、1つの小説を書くのに、何年も呻吟していたのですから。

じゃあ、どうしましょう。脚本を放り投げる? でもあなたの脚本を待っている人がいる。さあ、どうしよう。

ヒントは「遊び心」だと思います。
これは脚本に限らず、どんな作り物でも、特に観客や見る人を前提にした「アート」はみんなそうだと思います。
遊び心のない見せ物(アート)は、見る人も疲れます。
いわゆる「イイタイコト」が前面に出たものが得てして疲れさせたり、一通りの見方しか提供できない狭さを持つのはそのためと思います。
これまでの「脚本の書き方」からはみ出て、あなたが面白いと思うことを理屈抜きで混ぜてみてはいかがでしょうか。あるいは、それだけに忠実に脚本を書いてみてはいかがでしょうか。
絶対に面白いものになると思います。
よく言われることですが、作り手がおもしろがっていないと、見る人も面白くありません。
「こうあるべき」みたいな見せ物、「こう書くべき」として書いたものは、ゆとりがなくて、見る人はくしゃみ一つすることすらためらいます。
そんな観客、こっちが見ていても楽しくないでしょ?

ホルベイン水彩絵の具を買いました


食わず嫌いはあきまへんな。
昨日、透明水彩絵の具を買いました。正直、よく見る作例の、弱々しい感じが嫌いだったんです。私が好きなのは、ごってり塗った感じ。だいたいトーストを食べる時も、マーガリンは厚塗り。厚さ1cmはいきたいところです。
でも、日頃使っている色鉛筆でどうも思ったように色がつくれない。特に淡い色、それからクリーム色などなど。また配色の参考になると思って最近借りたり買ったりしていて水彩の本が意外に面白かったので、思い切って買ってみました。
いきなりウィンザー&ニュートンはさすがに失敗すると怖かったのでやめて、近所の本やケン文房具屋さんで買える程度のレベルの絵の具にしました。ホルベインです。

するとまあ、面白いじゃありませんか。
まだ「こういう絵にしたいんだけど」という画風を実現できていませんが、使用感はかなりいい。ホヤの斑なんて、自分でも驚きました。いやほんとに、食わず嫌いでした。もっと早く使えばよかった。それとは別に、たまたま立ち読みしたデッサンの本に「おれ、これをもうちょっとこうした絵を描きたいんだ!」というのが見つかり、ほんとこれから絵を描くのが今までよりもっと楽しくなりました。
あとは技術ですな。あ、それが一番大変?

投票率を上げる4つの方法

今日は統一地方選挙の投票日です。
選挙となると、毎度言われるのが投票率の低さ。特に今回は国政選挙じゃないので、あまり上がらないでしょう。

そこで投票率を上げるための方法をいくつか提案します。

  1. 投票所に喫茶室を設けて、ケーキを出す。選挙後に一緒に行った人たちと“私この人に入れちゃった”などと歓談できる。またケーキはすごくおいしいものを。ケーキ食べたさに投票に行くかも。ひょっとすると“あそこのケーキの方がおいしいから”と別の投票所とか選挙区に行ってしまうおそれはあります。
  2. スタンプカードを作る。あるいは選挙に行くとポイントがたまる。100ポイントたまると受け取れる年金が10%アップとか。ただしポイントほしさに選挙の数を増やすこともくろんで、衆議院の解散に世論を誘導する人が増えるかもしれません。
  3. 当たり付きにする。アイスキャンディーで「当たりが出たらもう1本」みたいに、「当たりが出たらもう1票」。「どうせおれなんか1億2千万分の1だから」と、自分の票のはかなさゆえに選挙をあきらめている人には有効です。
  4. 連勝複式のギャンブルにする。競馬で1、2位を当てる連勝複式馬券(どちらが1位になってもよい)がありますが、同様に、2名の名前を書いて、当たれば配当が得られる仕組みにします。当然、有力候補に入れても配当が少ないので泡沫候補で大穴をねらう人も出てくるでしょう。競馬やパチンコなど、週末はギャンブルをするという人はおそらくこれまで投票にあまり行っていないと思うので、そう言う人には特に有効と思います。

いかがでしょうか。いつか実現されるとよいのですが。まずは、私もこれを書いたら投票に行きます。


仙客來”coum”開放了!


今天,在裡面的庭園仙客來"coum"開放了。這是仙客來的尤其早春開放的花。購買之後,確實在2除夕終於開放了。
感到吃驚的,那個花小的事!厲害地可愛。並且是驚人地鮮明的紫色。
揭下週圍的落葉的話,coum的小葉出來。還氣溫低,真的很好地做喲,你。
今日、うちの庭でシクラメン“coum”が咲きました。これはシクラメンの中でも早春に咲く花です。
購入してから、実に2年越しでやっと咲きました。
驚いたのは、その花の小さいこと!すごくかわいい。そして驚くほど鮮やかな紫色です。
周囲の落ち葉をはがすと、coumの小さな葉が出ていました。
まだ気温が低いのに、ほんとによくやるよ、君。


藏紅花也開著。比起黃色,紫色的法開放好像快。
クロッカスも咲いていました。黄色より、紫色の法が咲くのが早いようです。

10回読まない演出家・役者に脚本を渡すな

小説と脚本の最大の違いは、何でしょう。それは2つあると思います。
1つは心情描写がないこと。2つ目は読む人が舞台関係者に限られることです。

1についてはまた書く機会があるとして、今日は2つ目の方。
舞台関係者が読んで「つまらない」と言われて使われなければ、観客にもあなたの書いたことは伝わりません。
かといって一義的に面白ければそれでよいのかというとそうでもなく、あなたが苦労して書いた伏線や仕掛けなどに気づいてもらわなければなりません。でも気づくにはたいてい、1回読んだだけではわからないわけです。何度も読むうちに、読み手は「ああ、この台詞は前の別の登場人物が言ったことと関係しているんだ」とか、この行動はあそこの伏線だったのか」などと気づきます。何回読んだら気づくか?まあ、5回は必要です。
でもさらに読んで欲しい。
するとさらに新しい発見に気づきますし、ついには脚本作者でさえ気づいていなかった伏線、あるいは誤読による発見をしてくれるわけです。
この誤読というのが大事で、これによって特に演出家は作者さえ想像していないイメージを舞台に作り出すわけです。この発見と誤読を一般に「読み」というわけですが。
ここまで行って、もう新しい発見はないかなっていうのがだいたい10回。ここで初めてその脚本が「面白い」かどうか評価できます。

もしあなたが誰かに依頼されて脚本を書く場合は特に、相手が10回は読む人なのか、そうでないかはあらかじめ知っておきましょう。少なくとも依頼されたら最初にそれを聞いた方がよいです。もし10回読まないなら、「10回読んで下さい。そうでないと書きません」と言うことをおすすめします。
でないと、あなたはただ依頼者のセンスに迎合したものをつくらされる羽目になります。


蜂斗葉的花莖剛剛發芽


北海道的春天持續。
今天早上在家背面,蜂斗葉的花莖剛剛發芽。
可愛?
但是變得大的話,厲害地巨大的葉出來。
植物不管什麼都,是孩子的時候和長大的時候不對。
下的照片鬱金香的「guregi」。
用銅葉,簡直象是緞子欄一樣的花樣。變得大花樣稍微也殘留,不過,顏色變。
北海道の春は続きます。
今朝は家の裏で、フキノトウが芽吹いていました。
かわいいでしょ?
でも大きくなると、すごく巨大な葉が出ます。
植物は何でも、子供の時と大人になった時がちがうものです。
下の写真はチューリップの「グレーギー」。
銅葉で、まるでシュスランのような模様です。大きくなっても模様は少し残りますが、色は変わります。


snowdrop開放了

snowdrop開放了。今天早上的札幌氣溫到冰點下下降了,不過,終於春天也來了北海道。在我的家的庭園,snowdrop開放著。我想之後,更很多的花開。
スノードロップが咲いた。今朝の札幌は気温が氷点下まで下がったのですが、とうとう北海道にも春が来ました。わたしの家の庭で、スノードロップが咲いていました。この後、もっとたくさんの花が咲くと思います。