琴似の散歩


札幌市西区の琴似に住んでいます。
それでまあ、散歩も琴似近辺です。最近のお気に入りは琴似川沿いを歩いてツタヤというのが定番だったんですが、昨日は琴似神社から南側が自分の未開拓ゾーンであることに気がついて、散歩をしてみました。(琴似という地名さえ不明な方には、何を言っているのかさっぱりだと思いますが)
その辺を一連のアルバムにしてみたので、サイドバーから「琴似散歩」をクリックしてみてください。

愛こそが戦争の始まりなのか

太田光と中沢新一の「憲法9条を世界遺産に」を読みました。1週間前のことですが。
賛同したいところとクエスチョンマークの付くところとがありましたが、読む中で考えたのが、戦争は愛によって始まる、ということでした。愛するものを殺されたら、その憎しみでその相手を殺すでしょうから、その延長線上にある戦争をどう抑止するか、ということです。「憎しみの連鎖」を断ち切ることは浦沢直樹さんの「プルゥートー」でも言われていることですが、これをどう実践するかはかなり難しいところです。
また太田さんが「憲法9条を世界遺産に」の中で9条を世界遺産にという一方で、家族を殺されたら敵討ちをする、というくだりも印象的。正直、私もそうするでしょう。


愛するものがあるからこそ、戦争も始まるという論理ですが、はて。
殺人の連鎖ならわかります。でも現代の「戦争」は、殺人の連鎖の延長線にあるのでしょうか。相互殺人の連鎖は、どこまで行っても殺される人数は常に1人ずつです。100万人の人間を殺すなら、互いに50万回の憎しみが必要です。おわかりのように、1人の殺人を戦争の導火線にするのは困難です。
仮に、一度に1000人の人間を殺されたとして、敵の1000人を殺すのに、十分な憎しみを持った人間を調達することは可能でしょうか。おそらくそれも困難でしょう。つまり互いの憎しみの交換と戦争は道義ではない、と言うのが私の考えです。
でも現実には数人の殺人から戦争に発展する例があります。
ということは、どこかで、誰かが論理のすり替えを行っているのでしょう。
だれが?なんのために?
戦争を起こすことで有益な状態を実現したい人間が、自分の主張の実現のために。
愛は殺人の動機にはなっても、大量殺人である戦争のきっかけではない。
戦場で、自分が対峙する敵の兵士が、自分の肉親はおろか関係者を殺したわけでもないのに、殺していいとする論理自体が、戦争の矛盾を示しているのではないでしょうか。誰かが、論理をすり替えています。
誰が? 戦争によって有益になる誰かです。銃を持つ、あるいは爆弾のボタンを押すあなたの憎しみの解消がそうするのではありません。

ダイエー再建の道は遠い

イオンが支援するとかせーへんとか、社長がさっさと代わって次が丸紅からかい、それで大丈夫かい、とか言われているダイエーですが、ユーザーとして思うのは、再建の道はかなり遠いと言うこと。理由を挙げましょう。
1.総菜のおいしいスーパーとかなんとかを再建のポスターに書いてましたが、ポテトサラダ、甘すぎます。砂糖入れすぎ。あれはたぶん経営サイドは食べたことない。
2.総菜の種類、少なすぎ。あれはたぶん経営サイドは、ダイエーに頼る食生活をしてない。セブンイレブンの総菜の方が1.5倍うまい
3.店のベテランが、店の中で、取引先相手に店の若手の愚痴を言うとったらあきまへんな。客は見て見ぬふりしながら聞いてまっせ。
4.長くなりそうなので、このへんで。でもこれだけはいいうておきたい。北海道民は現在、ほとんど日本ハムファイターズを応援しています。それなのに「われらーのわれらのー、ソフトバンクホークスー」て言うテーマソングを流すのはあまりにも無神経で全国画一的じゃない? お客さんがどんな人か、店の人は把握してないのか? 現場の人も、ほんとうにこれでいいと思ってる? 今日はプレーオフで日ハムが王手をかけている試合で、時間もその試合の真っ最中。すごい反感買ってると思うよ…再建は遠い道のりや。
それより。
北海道日本ハムファイターズ、優勝おめでとう!やったー!

貧困なる決断

1009私は普段絵を描く時には、マルマンの一番小さなB6スケッチブック(136円)と、百円ショップで買った顔料インクのペンを使っています。なんと言っても安いのは、安心して使えます。
ところが今日、普段バイトをしている妻が「今月残業が多かったから、何か買ってやろう。パステルセットなんかどうだ、そうしよう」というではありませんか。パステルなんてサクラパステルか、画材屋サンでもセットでなんか考えたことがなくて、「黒1本だけ買うといくらか?」しか考えたことがなかったので、うれしいよりも、なんかもったいない気持ちが先に立ちます。これを貧乏性というのでしょう。
せっかく買ってもらえるならば、と気が緩くなり、大きめのスケッチブックと、それから、普段気になっていたけど知らないふりをしていたモールスキンの手帳も欲しくなりました。しっかりホールドできて罫線がなく(何で世の中は罫線の入ったノートばかりなんでしょうか)、しかもかっこいい!…1680円。ここでページ単価を計算してみるところは、さすがに貧乏性の面目躍如です。およそ9円/page。マルマンのスケッチブックなら3円/page。3倍。あ、でも面積を考えたら、もっとちがうのか…。それにまだスケッチブックは買い置きがあるし、でもかっこいいモールスキン、使いたい…。

貧乏性はすばらしい決断を促します。「そうだ、残っているスケッチブックを全部使い切ってから、モールスキン買うか買わないか決めればいいんだ」。決断自体まで、とても貧相です。でもそれが私です。

中国の歩み寄りの理由

Img_4304安倍総理が中国を訪問しましたが、どうも筋が読めないのが、中国の歩み寄り。まあ歩み寄ってもらえたのはよいのですが、そうすべき理由はなんでしょうか? 基本的に「理由のない政治行動はない」のが国際政治ですから。

考えられる理由の1つは資源問題。近い将来、日本と中国は資源の争奪になりますが、それにより険悪になって得をするのは、資源の豊富なロシアとアメリカ。中国にとって特にロシアは長い国境を接するだけに、無駄な不利はつくりたくないでしょう。できれば東南アジア諸国とそうしているように、国境問題はあやふやなまま共同開発したいところ。でもそれだけじゃなく、北朝鮮の問題と関連して、すごく切迫した理由がありそうな気がします。今日の北朝鮮の核実験に対して中国が出した声明の早さと文言の両方からも、それが伺えます。具体的に何かは、近いうちに出てくるのでしょうか。

水やりは仕事のオアシスです

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私は会社でも植物を育てています。ハイビスカス、ファレノプシス(9株)、ピレア・グラウカ、パイナップル…。仕事で煮詰まった時には、水やりをします。不思議なもので、水やりをするとなんだか「ほかの生き物の役に立っている」みたいな気になるせいか、作業に集中するせいか、それともただ水をさわっているためか、とにかくすごくほっとします。完全にとは言いませんが、だいぶリフレッシュしますね。
たぶん植物を育てている人は皆、同じ感想を持つのではないでしょうか。育てたことのない人にもぜひ、my鉢植えを1つもっていただきたい。世界の人全員、生まれた瞬間に、「あんた担当の植物」を1株持たされれば、自分の存在意義も感じられるだろうし、自分で死ぬ人だけでなく、自分の価値を信じられることで、争いごとも減るような気がするのですが。
ただ人命尊重を叫んだりそのエピソードを語る(自動車学校で最初に見せられる交通事故の現場写真に似ていますよね)よりも、自分で体験し、自分で「発見する」ことができるので、とても有効だと思うのです。何せ、人って、説教されて「教えられる」ことよりも自分で「発見した」、あるいは「発見したと思いこんでいる」ことによってしか自分を素直に見直さないですから。

お母さん、あいてるよ!

昨日、会社から帰宅する地下鉄の話です。
西11丁目駅だったでしょうか、親子連れが乗ってきました。空いている席に小学3年生くらいの男の子が座り、その横に、幅30cmくらいの空白ができました。
「お母さんあいてるよ! ほら、お母さん、ここ入れるよ!」
ちょっと横幅のあるお母さんは下を向いて真っ赤になって首を振っていました。