10回読まない演出家・役者に脚本を渡すな

小説と脚本の最大の違いは、何でしょう。それは2つあると思います。
1つは心情描写がないこと。2つ目は読む人が舞台関係者に限られることです。

1についてはまた書く機会があるとして、今日は2つ目の方。
舞台関係者が読んで「つまらない」と言われて使われなければ、観客にもあなたの書いたことは伝わりません。
かといって一義的に面白ければそれでよいのかというとそうでもなく、あなたが苦労して書いた伏線や仕掛けなどに気づいてもらわなければなりません。でも気づくにはたいてい、1回読んだだけではわからないわけです。何度も読むうちに、読み手は「ああ、この台詞は前の別の登場人物が言ったことと関係しているんだ」とか、この行動はあそこの伏線だったのか」などと気づきます。何回読んだら気づくか?まあ、5回は必要です。
でもさらに読んで欲しい。
するとさらに新しい発見に気づきますし、ついには脚本作者でさえ気づいていなかった伏線、あるいは誤読による発見をしてくれるわけです。
この誤読というのが大事で、これによって特に演出家は作者さえ想像していないイメージを舞台に作り出すわけです。この発見と誤読を一般に「読み」というわけですが。
ここまで行って、もう新しい発見はないかなっていうのがだいたい10回。ここで初めてその脚本が「面白い」かどうか評価できます。

もしあなたが誰かに依頼されて脚本を書く場合は特に、相手が10回は読む人なのか、そうでないかはあらかじめ知っておきましょう。少なくとも依頼されたら最初にそれを聞いた方がよいです。もし10回読まないなら、「10回読んで下さい。そうでないと書きません」と言うことをおすすめします。
でないと、あなたはただ依頼者のセンスに迎合したものをつくらされる羽目になります。


蜂斗葉的花莖剛剛發芽


北海道的春天持續。
今天早上在家背面,蜂斗葉的花莖剛剛發芽。
可愛?
但是變得大的話,厲害地巨大的葉出來。
植物不管什麼都,是孩子的時候和長大的時候不對。
下的照片鬱金香的「guregi」。
用銅葉,簡直象是緞子欄一樣的花樣。變得大花樣稍微也殘留,不過,顏色變。
北海道の春は続きます。
今朝は家の裏で、フキノトウが芽吹いていました。
かわいいでしょ?
でも大きくなると、すごく巨大な葉が出ます。
植物は何でも、子供の時と大人になった時がちがうものです。
下の写真はチューリップの「グレーギー」。
銅葉で、まるでシュスランのような模様です。大きくなっても模様は少し残りますが、色は変わります。


snowdrop開放了

snowdrop開放了。今天早上的札幌氣溫到冰點下下降了,不過,終於春天也來了北海道。在我的家的庭園,snowdrop開放著。我想之後,更很多的花開。
スノードロップが咲いた。今朝の札幌は気温が氷点下まで下がったのですが、とうとう北海道にも春が来ました。わたしの家の庭で、スノードロップが咲いていました。この後、もっとたくさんの花が咲くと思います。


脚本を書く時には必ず構成を手元に

高校生の時、わたしは山岳部にいました。そして集団行動が嫌いなわたしは、よく一人きりで山に行きました。当時尊敬していたのは植村直己さんです。
一人で山に行く時、大切なのは現在地を見失わないこと。当たり前ですね。迷っても誰も慰めてくれません。だいたい慰められても山ではどうしようもないんですが。
だから地図って大切です。だから地図はいつでも出せる場所に入れておく、これは山登りの鉄則です。

さて、これまで「脚本の書き方」で何度も書いたように、構成はとても大事です。もちろん行き当たりばったりで書くのを否定しません。わたしもはじめは行き当たりばったりで書いていました。だいたい何をどう組み合わせたら「物語」になるのかさっぱりわかりませんから。
でも何度か書いてきた人にはぜひ、構成を組み立てた上で書いて欲しいです。構成は地図のようなもので、今現在自分がどこのシーンを書いているのか、そのシーンは次のシーンへ何をバトンタッチすればよいのかがわかるからです。
なので、構成を紙に書いた上で、脚本を書いている時には必ず手元に置いておくなどする方が安心してすすめられます。構成が表示できるテキストエディターなどもよいでしょう。わたしの場合、windowsを使っていた頃はWZeditorを愛用していました。別ウィンドウで構成が表示できるんです。これに匹敵するMacのエディターがないのが残念。まあ、紙に書いて張っておけばよいのですが。

もちろん、脚本に限らずどんなものをつくるのであれ、勢いはある程度大切です。つくっているうちに、あるいは書いているうちにはじめの構想ではなく、別のすばらしいアイデアを思いついて、そちらに方向転換することもあるでしょう。それはそれでいいんです。そしてその後もう一度構成を修正すればいいんです。
構成は「守るべき法律」ではなくて、あくまで自分のイメージの地図です。イメージが変われば地図も変えていいんです。でも森の中で方向を見失わないようにするためのツールは必要なので、構成はいつも観られる場所に置いておくのがよいでしょう。


札幌今天成為了雪

北海道的花通訊。4月3日。札幌今天成為了雪。本星期雪好像多,花開始開還先快要變成了。


脚本あるいは演劇、あるいは好きなことで食うには

今日は脚本の書き方と言うよりは、それでどう食べていくのか、と言うお話。
検索エンジンからこのブログにたどり着いた方のキーワードとして、「脚本」「書き方」があります。皆さんきっと今、自分が抱えている脚本をどう形にしてよいのか悩んでいるのだと思います。
中には、すでに何度か書いている人もいることでしょう。
そういう人は、将来やはり演劇で食べていきたい、映画で食っていきたいと思っているのでしょうか。もしそうであれば、ぜひ頑張って下さい。わたしの場合は「どうせオレのは商業的じゃないから」と演劇で食べていくことはほとんど考えていませんでした。かといってほかに何か食べていけるスキルを身につけるでもなく、またサラリーマンになるのを食わず嫌いしていて、何もしてませんでした。その反省を込めて、いつもわたしが読んでいる梅田望夫さん(筑摩書房「web2.0」で有名になった方)のブログから引用して紹介します。

やりたくもないことをやり続けて一生を送り、それで仮に裕福な生活を送ることができても、僕にとってそれは「サバイバル」ではない。そんな人生は絶対に嫌である。そうだそうだと共感する人も多いかもしれないけれど、意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。

My Life Between Silicon Valley and Japan – 「好きを貫く」のはそんなに簡単なことではない。意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。より引用】

好きなことを続けて行くには、確かに相当なサバイバルが必要です。それで食っていくとなればさらに。
わたしは今脚本家にはなりたくないですが、絵を描くのが楽しくて、それで物語を作りたいと思っています。それで食うためにはどうしたらよいか?これまたニッチなことをやりたいものですが(全くひねくれ者です)、中年にさしかかった今、あきらめずに戦略的に考えていきます。


我的家藏紅花冒出了芽

住在台灣,喜歡花的人,你好。我在北海道養著花。
北海道是日本的尤其最氣溫低的地方。在東京今櫻是盛開,不過,北海道還雪殘留著很多。
可是總算前幾天,在我的家藏紅花冒出了芽。附近有藏紅花開很多的公園,不過,芽出來很多到那裡。但是,好像要開放還早。鬱金香也開始冒出新的芽。開始出現的鬱金香的葉做著紅茶色,葉脈厲害地漂亮。
北海道也總算是春天。

台湾に住んでいて、花が好きな人、こんにちは。わたしは北海道で花を育てています。
北海道は日本の中でも最も気温の低い場所です。東京では今桜が満開ですが、北海道はまだ雪がたくさん残っています。
しかしようやく先日、わたしの家でクロッカスが芽を出しました。近くにクロッカスがたくさん咲く公園があるのですが、そこにもたくさん芽が出ていました。でも、咲くにはまだ早いようです。チューリップも新しい芽を出し始めています。出始めのチューリップの葉は赤茶色をしていて、葉脈がすごく綺麗なんです。
北海道もようやく春です。