準備としての脚本書き

怪談の脚本を構想して早数週間。いや、数ヶ月。
非現実的な話をつくるという意味ではある種ファンタジーなのですが、一般的な意味でのファンタジーと最も異なる点は、「死」と密接に関係している点ではないかと思い始めました。

一方で自分の生活の中で死について考えることが多くなり(たぶん人生半ばに来たことを自覚しつつあるからでしょう)、ニュースでの事故や事件に過敏に反応している自分がいることに気づきます。
親しい人が死んだら、とか、自分が死んだら、死にそうになったらどういう態度を取るのか、その時になってみないと分からないものです。でもその辺を想像してみたい、少なくともどういう風に周囲や自分の死を迎え入れられるのか、考えてみたいと思っています。
そういう意味で、今回の脚本はそのよい準備になりそうです。この機会を使って、自分がいつか死ぬことや、たまたま現在生きていることについて考えてみたいと思っています。

あ、でも深刻なのは嫌いなんで。わたしは「眉間にしわを寄せて考えても、笑いながら考えても結論は同じ、なら笑って考える方が得」という人間ですから、ユーモアは自ずと入ります。あ、でも怪談でしたか。「笑える怪談」…その時点で怪談じゃないか。うむむ。