ナナカマド

何回か書いてますが、今シーズンのナナカマドはたいへん実つきが良いです。どの木もたわわです。

ナナカマドの実はあまり美味しくないと言われていて、鳥も他の美味しい実がなくなってからナナカマドを食べる、と聞いたことがあります。ホントかどうかは知らないですが。

たしかに、冬でも実の色がよく目に入るのでよく残っている実であることはまちがいありません。

更に今年は実がとても多いので、更に残っています。

春になっても残っているんでしょうか。もし残っていたら春先の風景はどんな風になるんでしょう。

クリスマスの時期によく、オーストラリアのサンタさんがサーフィンをしている映像が流れますが、あんな感じの違和感かもしれません。

でもやっぱり春までにはなくなるんでしょうか。

もし僕が春までこのことを覚えていたら、改めて書きたいと思います。

ではまた明日(たぶん)

センスが昭和

いつもは画面に花ばかりを描いていますが、たまに人を入れることがあります。

つくづく思うのは、センスが昭和だなあということ。白い紙に小さく描くので白や淡い色が使えないということもありますが、人を描くたびに自分のセンスに苦笑いしています。

今のファッションのイラスト集を買って参考にしようと思ったりしたこともありますが、自分の中にないものを描くと途端におかしな絵になってしまいます。これはファッションに限らず何でもそうですね。

かといって一朝一夕にファッションに詳しくなれるはずもなく、結局はユニクロと少しのアウトドアブランドに頼る服飾生活から卒業できないでいます(笑)。

ではまた明日(たぶん)

朝の月

昨日からまる2日かけて描いた絵が納得いかない仕上がりで、諦めて明日またやり直そうと思っています。残念だけど、そういうこともあるのが絵の仕事です。

さて、今朝窓の外を見たら、明けきらない空に細い月が残っていました。

ということは、もうすぐ新月なんだな。

ではまた明日(たぶん)

夕ぐれと夜明け

徐々にですが、日が長くなってきました。窓の外の夕暮れの時間がちょっとだけ遅くなっています。以前のように窓の外を見て「もう夕暮れかあ」と思うことが減りました。

とはいえ、夕暮れの時間はけっこう好きです。だからよく絵に描きます。

一方朝の方は…実は年が明けてから雪かきをしたのはたったの2回。だからいまいちわからないのですが、この時間が実はけっこう好きです。日が昇りかけのほんのり明るい時間。雲が淡い朱色に染まって、鳥が飛んでいる、そんな風景をよく見ます。

そこで夜明けの絵も描いてみました。

一緒?

まあ、一緒といえば一緒なのですが(笑)。

ではまた明日(たぶん)

インクで描く

今日は下描きをたくさんした絵をインクで清書する、という作業でした。久しぶりにペンとインクで描きました。はじめの頃はディック・ブルーナさんに憧れてひたすら輪郭線のある絵ばかり描いていたのですが、今やすっかり水彩絵の具だけになって、インクは本当に久しぶりでした。

それはここではまだお見せできませんが、せめてちょっと描いたアイテムだけでも。

個人的にはこういう輪郭線のはっきりした絵は大好きです。

でも色を塗ろうとすると、画材同士の兼ね合いでうまくいかないことが多いのです。ブルーナさんもはじめは絵の具で描かれていたようですが、最終的には輪郭線は自分で描き、透明なフィルムに焼き付け、色は色紙で考えておられたようです。その色を印刷会社に指定して完成となるわけです。つまり原画に色はついていないんです。僕としてはなんとか技術的にそこを乗り越えたいのですが。

今回もそれは難しいのでパソコンで色を付けます。売り物の絵ではなく、印刷するのが前提の仕事であれば、個人のパソコンで色を付けられる世の中です。

ではまた明日(たぶん)

ゆで卵

僕の好きな画家さんで熊谷守一さんという方がいらっしゃいます。お盆の上に卵を2つ置いただけの絵が大好きです。

真似したわけではありませんが、おでんの具となるべく茹でられている卵がすごくよかったのでスケッチしました。

ではまた明日(たぶん)

チューリップの花型

今日は必要があってチューリップの花型を描く練習をしました。

こうして描くと、やはりチューリップってすごいなあと思います。

僕が何も考えずに描いてもちゃんと絵になるし、何より咲いた姿は花に興味がある人もない人も全員楽しめます。

バラだとはじめは感動しても違いがわからないとみな同じに見えて飽きてきます。宿根草ガーデンだとそもそも理解する人を選びます。その点チューリップはどんな人も疎外しない。誰もがここを自分の場所だと思える、そんな花だと思います。

現代美術や陶芸の世界のような「わかる人にはわかる」ガーデンもいいですが、わからない人には疎外感を与え、疎外感を感じた人は必ず対象を否定します。花でいっぱいの宿根草ガーデンで、奥さんにつれてこられたらしき中年男性が「何も咲いてない」と言っているのを横で聞いたことも何度かあります。

年を取って現代のお笑いがわからなくなると「今のテレビは馬鹿騒ぎでつまらない」と言ったりするのと同じで、相手から疎外されたら逆に相手を否定することで精神の安定を保とうとするのが人というものだろうと思います。

そういう意味でも、チューリップのように誰が見てもきれいだ、素敵だ、可愛いと感じさせ、一人も置いてけぼりにしないって本当にすごいと思います。

ではまた明日(たぶん)