儀式ではない

ちがいます。何かの儀式で踊っているのではありません。

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つっぷして寝ているもの、普通に寝ているもの、あおむけに寝ているものがいるだけです。

ZZZZZZ…

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「ZZZZZZZ…」「ZZZZZZZ…」

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「ZZZZZZZ…」「ZZZZZZZ…」「ZZZZZZZ…」

「ZZZZZZZ…」「ZZZZZZZ…」

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「UGGGGG…!」 「ZZZZZZZ…」

グーグーだってネコである第5巻

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「なによんでるの?」

「マンガ」

「何のマンガ?」

「グーグーだってネコである第5巻」

「なんで。うちにネコいっぱいおるのに」

「だって、あんたあたしの手ひっかいたやん」

「ひっかいてへんよ」

「ひっかいたやん」

「ひっかきましたー」

「ひっかきませんー」

「ほな、この傷はなによ」

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「ふん、しらんわ」

なんにもないところ

Img036 あー。アラスカ行きたい。初夏の山のU字谷でテントを張って、40日くらい生活してみたい。まわりをうろうろしたり、ちょっと高台に登ったり、風景をスケッチしたり、花の写真を撮ったり。

なーんにも人工物が見えへんところに行きたい。ついでに人は全くおらんかほとんどおらんか。

そう、夏の大雪山に行くときも、人がいないとすごくうれしくなる。自然と自分と1対1というか、むしろ自分と自然がシームレスちゅうか。そういう意味では、北海道の高山は本州のそれに比べたら、とても恵まれている。

なにしろ、自然の中で思う存分に時間と空間を使えるようになりたいなあ。

掃除機をかけてもどったら

休日の午前遅く、ふとんをはがすとネコが2、3匹いる。ふとんをたたむために持ち上げると、渋々という感じで立ち上がり、「バカ!」と言い残す風で部屋から出て行く。

気持ちはわからないでもないが、これを乗り越えないと、うちでは一生掃除機がかけられない。

そして20分後、掃除機をかけおえて階下にもどると、消えかけのストーブのまわりに、ネコがいっぱい。

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全員、恨みがましい顔をしているような気がする…。

クンシランの花芽

Img034昨年は、ほとんど植物の世話をしなかった。妻に頼まれたら鉢物の水やりはしたが、バラの肥料は6月に置き肥をバラバラと与え、アグリチンキを1回か2回与えた程度である。 言い訳をすると、週末は自分の頭を休めて、多少の雑事をするのでいっぱいだった、と今なら言える。物語でさえ全く作らなかった。

夏だけでなく、秋もそうなので、越冬できない植物の取り込みなども全くしなかった。すまん。おかげでランは枯れ、クンシランもほとんどの葉が低温障害で黄変してしまった。

でも今、花芽が出てきた。つぼみの先はかすかにオレンジ色を帯び、花の色をのぞかせている。おそらく今年は咲くだろう。

問題は来年だ。

黄変した部分は切除したので、葉はほとんど残っていない。今年は葉の再生だけで終わってしまうだろうから、来年は花芽をつけないだろう。

すまん。

でも今年はいろいろ手を掛けられるようにしないと。そうして花がさいたのを喜んだり、野菜が実るのを楽しみにするような夏にしないと。そして秋にはランやクンシランをちゃんと家の中に取り込もう。

はたして、その時、うちはどこにあるのだろうか。