私が以前書いた脚本で、もうすっかり上演される予定のないものがいくつかあります。どれも1990年代の作品ですが。それらを公開することにしました。
- 冒頭から結末までオープン。ご自由に読んでかまいません。
- 上演フリー。気に入ったらご自由に上演してください。
- お金はいりません。
- 著作権は私が保持します。だから改変はしないでください。
あと、上演する際にはご連絡をいただけるとうれしいです。これは他の人がどんな風に舞台にするのか見てみたいだけです。
■音の鳴る食卓■
詩人の伊藤整の詩が正直私にはピンと来なかったんです。でも背景が変わればおもしろく感じられるかもしれないと思い、それを1つの町が始まってから終わるまでの話にからめました。
A アメリカの調査隊が1984年に南極のアラン高原で見つけた1500万年前火星から放出され1万3千年前地球に落下したと思われる隕石に1996年8月原始的な生物が合成したと思われる細胞の痕跡が見つかったんだ。
B おれは高校3年の時沢口靖子と付き合っていたっていう噂の野球部の男と中学時代一ヶ月だけ同じ詩吟教室に通っていた女の子もやっていたっていうびっくりドンキーのバイトで皿を20枚割ってクビになったヤツの姉貴と幼稚園のころ友達だったよ。
A そっちの方がすごいな。
ハル ツキって、なに?
セイ 月?月はつまり太陽系第三惑星たる地球の衛星で、直径は3480kmで地球の4分の1、体積は地球の50分の1、質
量は81分の1。地球からの平均距離38万4千4百kmの楕円軌道を時速3千7百㎞で周回し、それを1周するのに27日7時間43分と11.5秒かかる天
体のこと。
ハル それって、なに?
セイ それ?それとはつまり、ええと…。
ハル さわれる?
セイ いや、さわれないなあ。そう、なぜかというと夜になると月は高い夜空にかかって、黄色い月光を放ち…。
ハル ゲッコウってなに?
セイ 月光というのは、うーんと…黄色い月が照らす光のことだけど。
ハル さわれる?
セイ さわれない。
ハル どんなもの?
セイ 夜、それがあると物には皆青い影ができて…するとあたり一面がとても静かで心落ち着いた様子になって…それから―。
ハル わからない。
セ
イ そうだなあ…たとえば、こういうのはどうだろう、僕が以前作った詩なんだけど…(伊藤整『月光』)蒼白い月光に照らし出されたものは、家並みの明るさ
をさまよう犬と、怪しいペルシャ模様を投げる草と、夜の猛獣となる森と、光にすいた髪の毛と、こいびとよ、おまえの真っ白い足袋のつま先。―どう?
ハル うーん。わかんない。
セ
イ そうか。自信なくすなあ。じゃあしょうがない。同業者の作品を出すのはやや気が引けないこともないが、―月夜の晩に拾ったボタンはどうしてそれが捨てられようか?これでどうだ。
ハル うーん、まだ。
セイ じゃあ、ええっと。(ピアノを弾く。ベートーベンの『月光』)
セイ どう?見えてきた?
ハル うん、少し。
■桜桃の種■
黒澤明の「白痴」を見て、同じドストエフスキーの小説を読んでも感じることがちがうんだな、じゃあ自分はどんな風にしたいだろうと思って書いたもの。登場人物3人。
椋田 確か僕が君に覆い被さって、それからええっと、ドアが開いて、そこにあなたがナイフを持って立っていたような?
梧郎 そう。
椋田 そうか、それで気絶したんだ。
妙子 びっくりしたでしょ。
椋田 うん。心臓が止まるかと。で…?
梧郎 は?
妙子 あ…(兄を紹介して)兄さん。
椋田は、突然折り紙を手にとり、折り紙を折る。
それを見る梧郎と妙子。
椋田は完成させて、梧郎に差し出す。
椋田 ―ムクダです。
梧郎 あ、え、どうも。梧郎です。
妙子 服、着たら。
椋田 あ、そうだね。
■はだかのくちびる■
一人芝居。サロメを下敷きに。その耽美的な雰囲気をもっと思い切って舞台に出したらどうなるだろう、という試み。
あれ?コバヤシー? ねえ!どっかに隠れてるのー?ねえ!
そこに箱がある。首を傾げながらそれを持ってくる。
(扉に)だあれ?ナカハラさん?…だあれ?誰もいないの?
返答なし。
箱を開けようかどうしようか、迷う。
遠ざけて自分は座る。しばらく別のことを考えようとするが、やっぱり気になる。
箱を開ける。蓋を取る。
そこには、コバヤシの首
息を呑む。首の髪をさわる。次いで頬。というようにさわっていく。
両手で首を持って、立ち上がる。鞠のように床につく。跳ねない。何度か試みる。弾みどころが悪く、床を転がっていく。
■にぶんのさん■
2人芝居。脚本がどうであろうとも、演劇は演出家と役者が決めるのではないかと思い、セリフは全てチェホフの「三人姉妹」から。自分で演出した時には、若年性アルツハイマーの夫とその妻という設定。
B よしてよ、アンドレイ。話はあしたにしましょう。なんて厭なことばかりある夜だろう!
A まあそう興奮しないでくれ。僕はしごく冷静にきいてるんだ。なんの不服があるのか、とね。さあ、はっきり言ってくれないか。
B トラム・タム・タム!
A トラ・タ・タ!~さよならオーリャ、大事にね。~よくおやすみ。~さよならアンドレイ。あっちへいらっしゃいね、この二人、へとへとなんだから…話はあしただってできるわ。
B ほんとよ、アンドレイ、あしたのことにしましょう。もう寝る時刻よ。
A ちょっと言うだけで出ていくよ。すぐだ。
A、向こうに断って、一度電話をおく。
そして折り紙を一枚取り、もう一枚Bに渡す。さっきBの折れなかったのを一から丁寧に折っていく。
B、ついて行くべく折っていく。
折りながら二人は台詞をつぶやく。
二人 (バ
ラバラに)…第一に、きみたちは僕の妻のナターシャに、何か反感をもっている。僕はそれに、そもそもの結婚の当日から気がついている。ナターシャは立派な
潔自な人間だ、まっすぐな品性の高い人間だ―これが僕の意見だよ。僕は妻を愛し、かつ尊敬して…。
二人折り紙に夢中。