翌日の空

もしもし。

「あらフジカワさん、お久しぶり。ファックスありがとう。」

おげんきですか。

「ええ。…そうだフジカワさん、昨年うちの夫にお会いになったことあったでしょう。」

はい。

「実は先月、亡くなりまして。」

え?

「だから、うちの庭荒れ放題で。でもね、フジカワさんにファックスをいただいて、来年のことについて考えるきっかけをもらって、せっかくだからこれを機に先のことを考えようかなあって。」

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誰かが死んでも残った人は生きていく。だから死んだ人と関係なく、未来は作られていく。

どんな未来かは、死んだ人には知るすべがない。

20年前に亡くなった人は、こんなに携帯電話が世の中に出回っているなんて、想像できなかった。

1年前に亡くなった人は、半年後に自分の庭でバラがどんなふうに咲いているか、見ることはできない。

昨日亡くなった人は、今日の空が夕焼けになるかどうかは、知る方法がない。

でも私はそれを見ることができる。

なぜなら生き残っているから。

私はできるかぎりたくさん、明日の空が夕焼けかどうかを知りたい。

しかし、私が死んだ次の日には、私の意志とは関係なく空は夕焼けになったり、ならなかったりする。

私が死んだ1年後にはどんな空なのか、私には知ることができない。

10年後、100年後、1000年の後の空は夕焼けなのか、夕焼けだとしたらどんな夕焼けが見られるのだろうか。