賭け事や勝負事は苦手。たいてい負ける。霊感がないのは余計なものを見ないでありがたいが、直感もないので根拠なく「ぜったいこれ」と思ったことはたいてい外す。
でもこないだ大阪の紀伊國屋書店に行ったとき、「何かあるかも」と思ってたら、本当にあったときは驚いた。
今日マチ子さんの「センネン画報」というホンは、私が理想とする「字のない物語」風の漫画で、しかもどれもちょっと切なく、画風と物語が素晴らしくマッチしている。そんな物語がいくつもいくつも入った本。正直言って「俺の居所ないやンか」と思って、札幌に帰ってこの方のサイトを開いたらさらに驚き。(リンク: 今日マチ子のセンネン画報.)
どうやら、毎日これを描いているらしい。
どうやったら思いつくんや。
どないしたらええんねん、おれ。
世の中にはすごい人がいるもんである。勉強せな。精進せな。
もうちょっと作戦を明確にすべきである。してたつもりだけど。
村上隆さんは今や売れっ子というか世界でも指折りのアーティストだが、やはり作戦は理詰めだったそうだ。アスキー新書「現代アートビジネス」にそう書いてあった。なにしろ現代のアートでは、単に上手な絵や「よい絵」だけでは売れないらしい。過去からのアートの文脈における位置みたいなものも大切らしい。でもそれって、知らない人にはどうでもいい話。「いいものだから売れる」わけではないことは、「いい芝居なら人が入る」わけでないと知った私にとっては半ば常識だけど。
ほんならそっからどないするかやけど、結論はオリジナリティと告知。それとニーズ。最先端である必要も、洗練されている必要も、技術的に高度である必要もない。
どんなぶさいくなもんでも、「おもしろい」というひとはなんでかしらんが存在する。そう考えたら不思議や。やっぱり結論なし。
でも、新しいことをちょっと思いついたので、おいおいのせていきます。