それは「芝居」ではなく「お芝居」では?というときの対処

来年夏公演用の脚本を書いている話は何度か書きましたが、どういうわけか主催者サイドで困った展開に。要点だけ書くと

  • ハコは廃校の体育館から教室(鉄筋コンクリート)に変更
  • 時代設定を明治〜昭和初期に
  • 「怪談」というコンセプトは残す
  • プロデューサーは交替

教室というハコは天井が低く舞台の横幅がとれません。それならそれなりの脚本は可能なのですが、ここに「明治〜昭和初期」という虚構をつくるとなると、かなりな舞台美術が必要です。観客が現実から舞台上の世界に引き込まれないと物語は、特に怪談は成立しないです。嘘の世界だとわかっていれば舞台で何が起こっても怖くないですよね。だから舞台セットが「作り物」として見えたり、照明器具が視界に入ってはいけないんです。いや、お遊戯とか「町内会有志による出し物」なら、つまり「お芝居」をしたいならそれでいいんですが。

ハコと現実の折り合いをどうつけるかは脚本家と演出家の仕事です。つまり私も考えないといけないです。
教室だけど、床に水を張っていいとか、黒板が外れて隣の教室から人が出てくるとか、3階なのに窓の外に人がぶら下がっているとか、そんなことがOKならかえっておもしろそうです。

しかもプロデューサー交替。なんででしょう。

さあ、こういった場合の脚本家の対処方法は次のうちどれ?

  1. 条件の変更を新プロデューサーに求める
  2. 本当の幽霊を呼んでくる
  3. 書くのをやめる

それは「芝居」ではなく「お芝居」では?というときの対処」への1件のフィードバック

  1. 2番にしたら話題の舞台にはなりそうだけど、
    客の入りが心配ですね。客層も心配ですね。
    しかも物語が思うように進まないであろう可能性も大。
    いわゆる「正しい人」は1番なんだろうなあ。
    (藤川さんは3番に行きたがってる気がするけど)

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