絵が上手であるとは?

人の顔がかけません。鬼門は目と唇。
かいたとたんに、人間でなくなります。どうやって描けばいいんだろうと、いろんな人の顔のスケッチとか絵を見ますが、わかりません。その通り描いても、私の場合は人にならないのです。雑誌に載っている人の顔とかでも描いてみましたが、やはりだめです。喫茶店で、ニューズウィークに載っていたブレア前首相も描きましたが、全くにていないならまだしも、ライス国務長官は途中からすでにモンスターでした。
試しに、家に帰ってから妻に雑誌のモデルさんを描いてもらいましたが、これは人間です。おなじモデルさんを私が描くと、ホラー漫画です。

安野光雅さんの「絵の教室」を読みました。どうやら安野さんといえども、「写真のように描く」とは行かないようです。というか、むしろこの本は「写真のように描くと絵にはならない」ということが繰り返し出てきます。目の前の人や風景を題材に、自分の想像を加えた創造がよい絵になる」というような趣旨で、励みになりました。

で、読後再びモデルさんの写真を元に描いてみました。
…モンスター再来。
絵がうまくなる本ではありませんでした。

「ニセモノはなぜ人を騙すのか」にちょいと騙されて

面白い本です。まだ途中ですが。何でも鑑定団で有名な方ですが、ニセモノがなぜ偽物とわかるか、についてもう経験しかございません、というところが面白い。むしろ「こういうやつが本物、こうなっていたらニセモノ」という知識こそが不要だそう。なぜならその知識に合致してしまったものは全て本物に見えてしまうから。でも上手なニセモノづくりはその辺承知なので、知識に合致したニセモノをつくるわけです。では見分ける方法は、「ライン」というモノそのものがもつ形と、「次第」と呼ばれるモノ以外の部分。なにより本物というのは善意とひたむきさが現れるので、そこがラインとして見えてくるのだそう。ニセモノは本物に近づけることが目的となるからたぶん駄目なのでしょう。本物はそこにあるモノの先の形を目的として作ろうと努力されているから、その辺が自ずと変わるはずです。あ、これは私の解釈。
なにしろ中島誠之助さんは10m先からでもそれが本物か偽物かわかるそうな。写真でもわかるそうです。でもなぜかデジカメでとったものはわかりにくいそう。へえ。偽物も本物もいっしょくたに見せてしまうというのは、雑誌の仕事をしている私にとっては面白い話です。このへんもう少しつっこんで自分で考えたいです。

ところで、この人文章も上手だなあ、と思って読んでいたら、突然文末が話し言葉に。
お?これって、本人が書いたんじゃなくて、ライターさんの聞き書きだったのか!
そんなことどこにも書いてなかったぞ! 新書ではちょくちょくあることですが、最初にことわってくれないと、私としてはちょっと騙されたという気分というか。
まあ、思いこんだこっちが悪いんですが。
それって骨董の世界と同じですね。
おすすめです。

意外にキレがいい!

邦画は好きではありません。特に時代劇は。もっちゃり感というか、展開とか絵づらとかに驚きというか、意外性というか、キレがないような気がするからです。
いま、時代劇で「たそがれ清兵衛」が人気だそうですが、藤沢周平原作ということや、キャストの意外性のなさもあって食指は全く動きません。
藤沢周平さんは「用心棒日月抄」しか読んだことがないのですが、それはすごくおもしろかったです。でも食べ物が出てくるシーンでは池波正太郎の方がずっとおいしそうだったり、展開の豪快さ(荒唐無稽さ)では柴田練三郎の方が圧倒的にスケールがあったり、ジンとくるストーリー作りでは山本周五郎の神業にかなわなかったりと、いまいち「得意技」がなくてどれも平均点、という印象でした(えらそうにすいません)。
でも私は年に2,3回、やたら時代小説を読みたくなることがあって、先日も古本屋で物色したところ、ピンとくる本がなくてなんだか消去法でこの本を買いました。
が、すごくおもしろい。
なにがおもしろいって、その切れ味の良さ。表題の小説も含めて、短編がいくつか入っているのですが、どれも短いページ数でスパッと展開する。主人公が「いいところ」を見せるシーンだって、スパッと終わる。「たそがれ清兵衛」なんて、もうほんの…ネタバレになるのでやめておきましょう。
どれもスパッと終わるので、読後感がまたすがすがしい。1話が終われば、その余韻をかみしめる楽しみもあります。
おすすめです。

ブログは頻度か!

ふと気がつくとこのブログへの訪問者が増えていました。理由はわかりませんが、それまでと違うことは1つ。毎日更新したこと。
私が欠かさず読んでいるブログの1つに中島聡さんの「Life is beautiful」がありますが、先日のエントリーである本が紹介されていました。コグレマサトさんの「口コミの技術」。私はひねくれ者なので、普段は他人のサイトのアドセンスやアフィリエイトはクリックしないのですが、以下の文を読んで思わず買って読んでみました。

ますます重要になるであろうCGMマーケティングのノウハウの蓄積に関しては、「企業」ではなくて、コグレさんのような「個人」がすごく重要な役目を果たしている

Life is beautiful: 「個人」に蓄積しているCGMマーケティングのノウハウより引用】

で、読んだ私の感想ですが、期待していた

テーマの選び方、分かりやすい文章の書き方、読んでもらえるタイトルの付け方、クリックしてもらえる広告の配置のしかた、買ってもらえる書評の書き方、炎上しにくいエントリーの書き方、コメントをたくさん書いてもらえるエントリーの書き方、適切な問題提議の仕方、ページビューの稼ぎ方、リピーターの獲得のしかた

Life is beautiful: 「個人」に蓄積しているCGMマーケティングのノウハウより引用】

は載っていなかったものの、個人ブログが育つ第一歩として

  • 半年以上にわたって毎日更新する
  • 蓄積したエントリーの数が300を超える
  • 一日のPVが500以上になる

と書かれていました。最後の3つ目は自分の努力ではどうにもなりませんが、上の2つは自分次第です。毎日更新していたらPVが増えたことを思い出し、ちょっとがんばる気になりました。

お薦めしない本

新書ブームだそうです。
十年くらい前まで新書といえば岩波新書か講談社新書くらいなものでしたが、今は「それ新書にする必要あるの?」というものまで新書ででていたりします。
しかし変わらないのは、その腰砕け度。
タイトルに惹かれて手に取り、出だしを立ち読みして「ぜひ買わねば」とレジに向かい、帰りの地下鉄の中で「あれ?」と思い、家に帰って「失敗した!」という一連の流れは変わりません。
最近それを2つもやってしまいました。

1つは「つっこみ力」。パウロ何とかさんという、自称イタリア人の匿名の誰かが著者なのですが(匿名の理由はこの本の中にある「日本人は何が書いてあるかより、誰が書いたかを重視する」からだと思いますが)、「つっこみ」そのものについてきちんとかかれているのはほんの数行で、主な内容は「メディアリテラシー」と「データに惑わされるな」の2つ。漫才のつっこみの素晴らしさ、その現実への応用などを勝手に期待したこっちが馬鹿と言えば馬鹿なのですが、編集者と著者のつけたタイトルにすっかりだまされました。比喩ではなく本当に「だまされた」という思いです。
もう1つは「狂いのすすめ」(ひろさちや)。有名な方が著者ですが、いきなりな2分論に驚かされました。「世間とは我々弱者の甘い汁を吸っているもの」だそうで、そんな単純な区分けを肯定しちゃったら、議論が進まないし、何もしない自分を肯定するだけじゃないですか。自分が苦労するのも、お金がないのも、親戚の借金に振り回されるのも「世間が悪いから」では、ただ拗ねているだけです。でもたぶん「世間」側に属するお金持ちも彼らなりに思い悩んだり日々の気がかりを憂いたりしていると思いますが。それくらいの想像力は欲しいものです。
読むだけ自分に悪影響になりそうなので、5Pでやめました。

何度も最初から買わなければいいのに、とは思うのですが、私がこんな本を買ってしまったのも「世間が悪いから」だからなのでしょう。
おすすめしません。


字のない本


字のない本を見つけるとワクワクします。先日買ったのはイストヴァン・バニャイの「zoom」と「re-zoom」。
どちらも発想としては同じなので、どちらかだけを買ってもよいのですが。想像はしていても、実際にこう絵で見せられるとそれなりに「おおー」と感じるところがあります。
ペーパーバックのリズーム―RE‐ZOOMは廉価でおすすめです。

14歳 千原ジュニア

ダウンタウンの松本から始まり、お笑いには生まれながらにして奇想を笑いにする天才がいます。フォークダンスde鳴子坂、千原兄弟のジュニアもその一人だとぼくは思っています。

この小説は一気に読みました。一つ一つの単語の使い方(穴、橋など)がとても上手で、構成も練られている。なにより、引きこもっている主人公のつらさ、脱出する喜びなどが本当に伝わってきます。圧巻は「お兄ちゃん」に誘われて吉本の養成所に行き、初めてネタを披露する場面。ぼくはてっきり千原は小学生くらいからすごい才能があって周りを笑わせてきたのかなあ、と思っていましたが、そうではなかったんですね。
また、普通ならその辺で終わりにするところですが、自立するところまで書ききっているのが、またすごい。
ぼくは基本的に、映画やましてや小説などで泣いたことはありません。でも、今回だけは悔しいですが、月並みな言い方をします。「涙で字が読めない」。手で涙をぬぐっていると、本屋の店員さんが怪訝な顔をしていました。
立ち読みかい!