大学時代の同級生で、将棋部に所属し、その大学内でもっとも将棋が強く、全国大学選手権みたいな大会でも優勝した人がいました。でも、その彼でもプロの下っ端にも勝てないという話でした。プロの将棋指しというのは相撲部屋さながら、いや吉本興業さながら、いやそれ以上に全国の強者が集まってその中からほんの一握りの人だけがプロとして生きていける世界なのだそうです。たいていは小中学生の頃に大人をばったばったと負かし、地域の将棋界では「天才」と呼ばれて奨励会に入り、その天才の集まりの中で初めて自分は天才の1人ではなく、凡才の中である程度優秀な人だったことに気づくのですが、その後それでもがんばってプロになれる人と、がんばってもプロになれない人がいます。なれないとわかるのが、年齢制限で21歳か26歳の2回あると言うことで、その後はただの中卒の人として生きていくことになるのだそうです。それまで将棋の世界しか知らない人がいきなり一般の社会で普通の人として生きていかなければならないので、これは相当大変だと思います。
これはそんな1人の「天才だった人」に関するノンフィクションです。その人に再会するストーリーの中にほかにたくさんの「元天才」のエピソードを織り込んでいます。ある程度脚色や想像は混じっていると思いますが。
自分自身、恥ずかしい話ですがうぬぼれと自尊心が強く、それだけに演劇をやめようと決めるまでに時間がかかったし、1人の会社人として振る舞っていけるか不安だったのを覚えています。だからこそこの本の中に出てくる「挫折した」将棋の天才たちの行く末は本当にシンパシーを感じました。確かに少し話が演歌調に流れそうな嫌いはありますが、それを差し引いても感動は大きく、正直、ラストシーンは昼休みに読んでいたにもかからず、食堂で泣けてしまいました。
脚本を書いたり、絵を描いたりしても「自分には才能はないなあ」と痛感させられ、「才能のある人はいいなあ」と思ったりします。でも才能があるからこそ、厳しい競争に身を投じることになり、結果夢が破れて挫折してしまう人のなんと多いことでしょうか。凡人は平凡で毎日が楽しい生活をつくることはある程度容易ですが、天才から挫折した人にとっては、それはものすごく難しいことなのでしょう。才能が人を幸せにすることは、ほんのまれなことなのかもしれません。
「書籍」カテゴリーアーカイブ
「構想力」で別の構想を得た!こりゃいいアイデアだ!
羽田空港で本を買いました。さっと読めておもしろそうな新書はないかと思ってみたら、ありました。谷川浩司さんの本「構想力」。前の「集中力」も読んだ気がしますが、忘れてしまいました。
私は将棋はルール程度しか知りませんし、やらせてもすごく弱い(小学生の頃は一回も友達に勝ったことはない、大人になってパソコンソフトの超初級レベルと覚えたての妻に勝っただけ)ですが、基本的に、将棋指しの人の本はおもしろいです。その考え方とかブレークスルーの獲得方法とか。
同じはなしが2回も3回も出てくるところを見たら、書いたのではなく、言ったことを書かせたんだろうと想像できますが、それはともかく休み休み読んでも札幌に着くまでに8割は読み終わっていました。おもしろいですよ。ただし、構想力の養い方とか、ビジネス本にありそうなそういうことは一切書いていないので、ノウハウをお求めの方には不向きです。じゃあ何が書いてあるのかというと…2手目が大事とか、常識から外れろとか、情報だけじゃだめよとか、以前の阪神タイガースは本気で優勝をねらっていたか疑問だとか(この人はすごいトラキチです)。
ま、それはいいとして。
読みながら「じゃあ俺の場合は何をどう構想すればいいんだろう」と考えて、飛行機の中でメモを取り始めました。この本は将来設計についても構想しろと書いてあったからです。で、メモは巡り巡って、今私がつくり、広めようとしているsilent-storyについてどうしたらよいか、ということになりました。
すばらしい。ひらめきました。なにが?
広めるためには→使ってもらう必要がある→使ってもらうには→!!!!(この部分はまだ秘密です)
ついでに、私はストーリーとか物語を使って何をしたいのか見えてきました。
すばらしい。この本おすすめです。谷川名人の意図とは別に、あなたにも何かが見えてくるかもしれません。
象が泳ぐときに鼻は
日曜日は、新聞には書評が載ります。喫茶店で日経新聞を開いたら、象の写真集が紹介されていました。Steve Bloomという人の「Elephants!」という本で、象が泳ぐときの写真も載っているというので、家に帰ってサイトを探しました。それがこれ。
Steve Bloom – slide_elephants photographic presentation.
前半はアフリカ象、後半はアジア象で、泳いでいるのはアジア象です。
なんと泳いでいる姿を下から撮った写真もあります。
いやあ、象も泳ぐんですね。動物として当たり前かもしれませんが。でも犬も猫も泳いだことが一回もなくても、泳ぎ方を知っています。あれはどうしたなのでしょうか。だいたい象の場合、鼻は上の持ち上げておけって言うのを母象にいつ習ったのでしょうか。
「新・戦争論」で戦争はなくなるのか?
締め切り間際の仕事をさぼって本屋に足を向けました。このところお気に入りの立ち読みコーナーは新書のところ。おもしろそうなタイトルの本を立ち読みするだけでも楽しい。
で、手にしたのがこの本。立ち読みではすまされそうにない内容だったので買いました。
「新・戦争論〜積極的平和主義への提言」というタイトル。内容を読むと、主張として、「国家間戦争」の時代は終わっている、これからは不戦の時代だ、ということが書かれていました。領土を基本とする覇権主義は時代遅れで、また平和の実現のために日本は「町内の安全は自分たちで守る市民」と同様、積極的に国際平和に関与しなければならない、そのためには憲法9条も見直そう、ということらしいです。
構成はしっかりしています。でも疑問符が解消されないまま終わってしまった感じがあります。
- 不戦の時代になるという理由が、世界史の流れだからというが、流れだけでそう判断してよいのか疑問
- 戦争やその後の占領のコストと国家の利益を考えれば、コストが増大が避けられないことが「不戦」の理由のような気がするが、そのあたりのつっこみが数行しかない
- また領土(国家)と個人の関係が情報と経済のグローバル化によって揺らいでいることも「不戦」の理由のような気がするが、そのことについて書かれていない
- 積極的平和イコール武力行使という理由がわからない。町内会の平和が暴力によって揺らぎそうなとき、それを抑止するのは町内会員個人の暴力なのか? むしろ町内会組織の持つ自警団ではないのか?
- 紛争や理不尽なテロリストに対して、ほとんど有効なことが書かれていない。これらの発生はやむを得ないのか?
などなど。
疑問はあれど、「戦争を終わらせるには?」考えたことのある人には少しおすすめです。
ただ、チラチラ出てくる著者の自尊心や自慢には目をつぶってください。
ファイターズ優勝に思う、新聞没落とコミュニティの情報
経済週刊誌をたまに立ち読みします。でもこないだの週刊ダイヤモンドは買ってしまいました。特集が「新聞没落」というものでした。
いや、特に新聞業界に興味があるわけではないんですが、地方雑誌を仕事としていると、新聞の紙面づくりや商売の仕方にも興味が出てきます。もう次の号が出てしまいましたが、業界に詳しい方が書いたこんなブログやこんなブログ(「新聞没落」…週刊ダイヤモンド最新号を読み解く:Garbagenews.com)などを読めば、およそ内容はわかります。
ところで一昨日、日本ハムファイターズが優勝しました。昨日は喫茶店でいろんな新聞を見ましたが、やはり全国紙と地元の新聞では、扱いが違います。優勝というイベントがない、ふつうの試合の時はなおさらです。また一般紙のみならず、スポーツ新聞では余計にその差が出ます。当然、全国紙は何ファンともわからない人が対象なので、あまりチームの情報に偏りが出てはいけません。以前なら巨人の情報があればそれで7割方の人はカバーできたのでしょうが、今は、特にパリーグは地域ごとに異なるチームのファンがいるので、そうもいきません。
これは野球に限らない話ではないでしょうか。
以前、北海道新聞じゃないとだめだ、という年配の方にその理由を伺ったことがあります。それは「お悔やみ」欄がしっかりしているから。昔、TVの「なるほどザ・ワールド」で、ハワイの地元ラジオ局の人気のコーナーも「お悔やみ」情報だと見たことがあります。
地域には地域でしか流通しない情報があります。地域をコミュニティと言い換えてもよいでしょう。そしてその情報伝達の方法はコミュニティが小さく、個人に近づくほど、中央発信ではなく相互発信が有効になると思います。例えば大新聞やテレビのように、情報を一度一元化してから全員に発信するのではなく、井戸端会議のように相互発信することです。そしてその井戸端会議を交通整理するメディアが、今後増えていくような気がします。
そういった意味では、自分のやっている地域の花の雑誌はもちろんまだ変わっていかなければなりません。また同じ意味で、コミュニティFMラジオ局も、これまでの「普通のラジオ局のミニチュア版」というコンテンツやビジネスモデルそのものもドラスティックに変えられそうです。
おもしろそうです。誰か誘ってください。
結末の見える物語は嫌い。だから人生の計画経済も嫌い
物語をつくるのを「家業」と決めているせいでしょうか、私は結末の見える物語は嫌いです。だから「感動もの」の映画とかは絶対に見ません。例えばこういう映画は見る前から最後に主人公が死ぬのはわかっているし、感動を強制されている気がするからです。
ところで、このところビジネス本とかで「計画的に進める」みたいな本がはやっています。例えばこういう本。
売れているみたいです。本屋さんで目立つところに何週間もおいてあります。私も立ち読みします。
例えば左側の「問題解決の授業」の中では、ライブを3回ばかりやった学生バンドが、今後客数を増やすにはどうしたらよいか実践するたとえ話が書かれています。問題を洗い出して、解決方法(いつも同じ曲をやらない、ポスターで宣伝するなど)を探るらしいです。でもつい、「本当にすごいバンドって言うのは、そんなことせんでも売れるやろ!」というつっこみを入れたくなります。
まあ、書かれている通りにやったら、無計画に好きなときに好きなだけやるよりも確実に実現できるかもしれません。でもさあ、それってうれしい?
計画を立てた時点で結末の見えている人生ってことですよ。
俺、好きじゃないなあ。「そうしないと成功がおぼつかないだろ」という反論もありそうですが、なんだか昔教科書で習ったソビエトの「5カ年計画」とかを思い出させます。社会主義って結局破綻してるし。そもそも「成功=幸福」というところに疑問を感じます。あ、そういう人は最初から読者として想定されていないのか。
ちなみに右側の「1日30分を続けなさい」では、半ば以降、著者が実践している英会話上達の方法と、自分が主催している英会話スクールでの成功例が語られます。なーんだ、勧誘本か。
何でも載ってりゃ発見があるわけでもない
IT系の話は好きです。科学全般の話は好きなのですが、それは「そんな考え方ありか!」という目から鱗が落ちるような発見が楽しいからです。かっこよくいえば、パラダイムの変換を求めているといってよいでしょう。
いまだにサラリーマンを続けている理由も、多少これがあります。好きな人とだけ会って、好きな話ばかり聞いて、好きなことばかりしていても、実は「そんなのあり?」みたいな発見は難しいのではないかという気もします。嫌々ながらもごつごつ当たっている中で、「え、意外といい話してる」「それを楽しいと思う人もいるのか」みたいな驚きに出会うことも多いかも。
とにかく科学系の本はパラダイムの変換があるので好きで、IT系の本は仕事の仕方や情報探しの面で新しい考え方とツールをもたらしてくれる楽しさがあります。そういった意味で、この本には期待していました。
読後の感想。
知識としては知っていることがほとんどで、ほかのページは興味がないこと。SNS系はあまりピンとこないし。日常であまり人とつながることに積極的ではないので、ネットでも同様なのです。仕事は人とつながってナンボなので、その反動でしょうか。
ま、ともかく「ネットって、今いろいろあってわからない」という人にはお勧めです。私のように、日頃から仕事の最中でもネットで怠けている人には、特に新しいことはありません。